知床遊覧船


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(写真:時事通信

4月23日に知床半島沖で発生した遊覧船「KAZU 1」の沈没事故。事故からまもなく2カ月経つなか、“当事者”から驚きの発言が飛び出した。

「事故責任を事業者だけに押しつけ、国に対する世論の批判を回避するための見せしめだ」

この主張の主は、遊覧船「KAZU 1」の運航会社「知床遊覧船」の桂田精一社長。6月16日、同社は事業許可取り消し処分を下されたが、桂田社長はそれに先んじて前日の15日に陳述書を提出し、そのなかでこう訴えていたというのだ。

事故を理由に事業許可が取り消されるのはこれが初めてだというが、国交省は同社が再び事故を起こす可能性が高いと判断したようだ。

「国にも責任がある」と行政処分を不服とし、“逆ギレ”した桂田社長。しかし、これまで「知床遊覧船」の数々の“違反”が明らかになっていた。

「事故当日は悪天候だったため、同業者は出向を控えるよう船長に忠告していたそうですが、『KAZU 1』は出航を強行。さらに、ルート途中で定点連絡をすることが法律で義務付けられていますが、『知床遊覧船』はそれも怠っていました」(全国紙記者)

桂田社長にも多くの過失がーー。

「桂田社長は事故から4日も遅れて会見を行いましたが、そこで『運航管理者は船長』と説明していました。しかし、実際の責任者として届け出されていたのは桂田社長。会見で嘘をついていたことになります。また、桂田社長は運航管理者として原則は事務所で勤務する必要がありましたが、事故当時桂田社長は不在でした。

そもそも桂田社長には運航管理の実務経験がほとんどありません。それにもかかわらず『運航の管理に3年以上の実務経験』という資格要件を満たすと偽って届け出を出していました」(前出・全国紙記者)

これだけの問題が明るみになっていながら、呆れた主張を続ける桂田社長。インターネット上では批判の声があがっている。

《アホなのか。あれだけの犠牲を出して何を言ってるんだ》
《見せしめではなく、当たり前の処分。不正していた身なのに責任を他に押し付けるって、どう言う身分なんだ。素直に受け入れなよ》
《見せしめ??他の同業他社は、同じルールの中できちんと安全にやってるんだから、落ち度は当該の業者にあるに相違ないだろう。見せしめでも何でもなく、当然の処分》
《第三者から出た言葉ならそうなんだろうと思うけど、張本人の言葉なら反省が足りてない様だなと》

これまでに乗客14名の死亡が確認され、乗員乗客計12名が未だ行方不明となっている。桂田社長は事故の重大さを本当に理解しているのだろうか。



(出典 news.nicovideo.jp)


<このニュースへのネットの反応>

【知床遊覧船社長「行政処分は見せしめ」呆れた逆ギレに“反省してない”と止まらぬ批判】の続きを読む


■Z世代を中心に「手紙」報道への拒絶感が広がっている

知床遊覧船の沈没事故で亡くなった22歳の男性が船上で恋人の女性にプロポーズするための手紙が駐車していた車内から見つかり、遺族が葬儀に合わせてマスコミに公開した問題は今も報道のあり方に波紋を広げている。

メディアの対応を見ると、新聞やテレビなど、いわゆるマスコミ各社は全文を掲載するなど大々的に報道した。だが特にテレビアナウンサーや声優らが「手紙」を感情たっぷりに読み上げたことに対しては「拒絶感」や「違和感」を覚えた人が多かったようだ。

Yahoo!ニュースコメント欄などにもそうした反応が書き込まれている。

なかでもZ世代と呼ばれる若者世代にこの「違和感」はとりわけ強いものがある。それはなぜなのだろう?

大きな事故や事件、災害などで犠牲になった人たちの「人生」や突然の悲劇で失われた「夢」について伝えることは、報道での“定石”である。

一人ひとりが持っていたエピソードを掘り起こし、失われた命の尊さを伝えて視聴者や読者に「自分ごと」として受け止めてもらう。責任の所在や再発防止などに目を向けてもらう。そのことを伝える意味を報道機関の側は疑いもしなかった。報道側として当然、読者や視聴者が知るべきこととして取材し、伝えてきた。

だが、今回の“プロポーズの手紙”報道にはネットの反応を見る限り、相当数の人たちが「違和感」を持ったようだ。筆者の周囲の若者たちは将来、報道の記者やテレビ番組の制作者を志す人が少なくない。そうした若者たちでさえ、「違和感」を持ったという反応が圧倒的に多い。SNSの時代になって、個人の“知られたくないこと”への意識が高まり、こうした「報道する側の常識」が揺らぎつつあるように見える。

■生前の文章を公開、法律上は「問題なし」だが…

亡くなってしまった人の個人的な文章(プライバシー)を遺族が提供してメディアが公開する場合、報道することは許されるのだろうか。

個人情報保護法も「生存する個人」が保護の対象となっていて死者は対象にはなっていない。法律論から言うと、それをメディアで公開することは「許される」「問題はない」というのが結論だ。

仮にそのプライバシーが故人の名誉を傷つけるようなケースであった場合でも、亡くなってしまった人が名誉毀損(きそん)だと訴えることはできない。訴えることができるのはあくまで、現在生きている人=遺族である。今回のように、一般的にその人の名誉を貶めるものではないし、遺族が承諾しているどころか遺族自身がメディアに提供しているケースだと法律上の問題にもなりようがない。

ところが、ネットなどの反応を見ると「死んだ人のプライバシーの侵害だ」という反応が少なからずある。これは筆者の周囲の大学生の中にも同様にある姿勢だ。

■「事故の理不尽さを伝えたい」報道の理屈が通じない

近年、多数の人が犠牲になる事件や事故にまつわる報道で、メディアが死者の「プライバシー」を報道することの是非は2016年軽井沢のバス転落事故から2019年川崎市スクールバスを待っていた児童の殺傷事件、京都アニメーションの放火殺人事件に至るまで繰り返し議論になってきた。

亡くなった人が抱いていた夢や将来の希望などが記事になり、無差別殺人など事件が理不尽なものであればあるほど、また被害者が若ければ若いほど故人が抱いていた「将来の夢」などを報道する傾向がある。

犠牲になった一人ひとりの生前の「思い」や「生き方」を伝えることで事件や事故の重大性を伝えていこうとする報道である。

ただし、京都アニメーションの事件で犠牲者の実名について報道することへの拒絶感が広がったように、(たとえば「報道では実名が原則」などと)従来の「報道の理屈」をいくら振りかざしてもなかなか視聴者や読者には理解されない現実がある。

■告別式翌日のワイドショーでどのように報じられたのか

では、“プロポーズの手紙”はどのように報じられたのか。

4月23日に遭難事故が発生。28日に鈴木智也さんの遺体が発見される。漁港の駐車場にとめてあった車の後部座席から恋人への手紙が発見された。5月1日に通夜、2日に告別式が帯広市で営まれて、その様子もメディアに公開された。手紙は智也さんの写真や動画とともに遺族によって公開された。

多くのテレビ局5月2日の夕方や夜のニュースで報道した。テレビNHK日本テレビテレビ朝日TBSフジテレビがこの手紙文から一部を引用するかたちで伝えた。

ただし民放各社が手紙文をまるまる引用したのに対し、NHKだけは全文を引用することはせず「ニュース7」や「ニュースウオッチ9」で「これからも一生一緒についてきてください」とやや短い引用にとどめたのが違う点だった。一方で、新聞は5月3日の朝刊でほぼ全紙がこの手紙の全文を掲載していた。

そうしたなかで、多くの視聴者が目を留めたのが告別式の翌日のワイドショーでの放送だった。なかでも5月3日フジテレビの「めざまし8」。手紙の文字と男性が恋人と写っている写真(女性の顔はボカシ)を見せながら、一文ずつ手紙を読み上げた。

読み上げたのはメインキャスターの永島優美アナウンサーである。永島アナは読んでいる途中から次第に声を詰まらせ、最後まで涙声で読み終えると、スタジオで涙を拭いながら「すみません……」と謝罪した。この報道の仕方には「違和感」を覚えたという視聴者が筆者の周囲でも多かった。

■メディア志望の学生も8割が「報道すべきでなかった」

筆者が日頃教えている大学生は将来的には新聞記者やテレビ番組の制作者など「報道の仕事」をはじめとしてメディアに携わろうと考えている人が少なくない。そうした学生たちというのは通常、「報道の理屈」も頭では理解しているはずの人たちである。

その中で簡単なアンケートを採ってみたところ、「プロポーズの手紙」のテレビ報道に対して、「報道として適切だった」が11%、「報道すべきではなかった」が78%、「どちらとも言えない」が11%という結果になった。

学生の中で最も多かった「報道すべきではなかった」という人たちはなぜそういう意見を持ったのだろうか。回答の一部を抜粋して紹介したい。

・私が報道する側の人間なら、プロポーズの言葉は報道したくありません。

センセーショナルな話題で視聴者を煽るための道具として扱われているようにしか思えません。感情的な考え方かもしれませんが、プロポーズの言葉は、通常でも大っぴらにするものではありません。故人となった人の了解なしにそれが公開されることに違和感があります。報道を見た時も、初めに思い浮かんだのは「勝手に公開されてかわいそう」という考えでした。今回の事件の痛ましさを伝えるにしてはあまり効果を成さないうえ、下世話であると感じました(3年生Aさん

・こういった事件について、一人一人が関心を持てるような情報を提供したり、繰り返さないよう多方面に働きかけたりする役割を担う上で、こういったプライベートなことも重要なのかもしれません。

しかしSNSが発達した現在において、そういった視聴者の感情に訴えられるような内容というのは、報道機関の意図とは真逆に作用し、それが大きくなってしまう可能性も非常に大きいと感じます。

どれだけ言っても誹謗(ひぼう)中傷はなくならないこの状況下においては、そういった「何かしらの意見・感想を持ちやすい内容」を取り上げるかどうかは、これまでの流れにただ乗るのではなく、慎重にひとつひとつ考えていくべきだと思います。

遺族側からの提供ではなく、報道機関側の積極的姿勢で取材して記事にすることに関しても、個人的にはあまり賛同できません(2年生Bさん)

・今回のように遺族が公開する場合、その被害者の人柄を知っている人ということですから、「きっとこの子の性格なら、自分の想いを多くの人に伝えることが、この事件を考えるきっかけになってくれたら嬉しいと考えるだろう。」といったような想像があって、手紙の公開に踏み切ったのかもしれません。

それでもやはり、報道機関の果たすべき役割と天秤にかけて考えても、私個人的には「本人の意思が確認できないままに、個人的な内容を含むものを公開すること」というのは良くないと感じます(3年生Cさん)

・本人たちが望んで答えるならまだしも、了承を得られる状況でない中で公表するのはどうなのかと思いました。急な訃報を受け取った遺族にそうした冷静な判断を求めることは難しいと感じるので(外部からの圧力があったのではないかと個人的には疑ってしまいました。)、テレビ側が考慮して放送は控えるべきだったのではないかと考えます(1年生Eさん)

■「死者へのデリカシーがない」若者が抱く違和感の正体

「報道すべきでなかった」以外の回答を選択した学生たちも、今回の「手紙」の報道に対しては“違和感”があるというのが大半の意見だった。ましてや手紙文を本人ではない、第三者であるアナウンサーが感情移入たっぷりに盛り上げて伝えていたことには「報道すべきだった」と回答した学生の中にも“違和感”があったと話す学生がいた。

その中の1人、4年生のEさんとの会話である。

【筆者】もう亡くなっているので死者にプライバシーはないというのが法律の考え方だ。法律上は問題ないのに報道機関が手紙を公開することはいけないのだろうか?

【Eさん】プロポーズの言葉は極めて個人的なもの。恋人にこそ伝えるべき言葉。たとえ亡くなってしまったとしても、伝えたかった愛する人に自分の声で届けるのではなく、他人によって読み上げられるなんて、もし自分が当人だったらと思うと、とても耐えられない。死んだ人のプライバシーに対してメディアはもっとデリカシーを働かせるべきではないでしょうか。

死者であってもその「プライバシー」を尊重すべきだと主張するのはEさんだけではない。個々の人間が持っているプライバシーは、たとえ死後も本人の意思に反するかたちで公開されるべきではない、という感じ方だ。すでに亡くなっている以上、本人の意思に反しているかどうかさえ確かめようがないケースが多いのだが、Z世代はとりわけ「個人」の心の中を本人の承諾なく明かすことに対して抵抗感が強い。

こうした感覚は、読み上げる人の選定も含めて死者への「リスペクト」や「デリカシー」がなかったということに尽きるのだと思う。

■アナウンサーの涙で、故人の言葉が「消費」の対象に

学生たちの違和感の理由について聞いていると、プロポーズの手紙を赤の他人であるアナウンサーらの声で読み上げることへの違和感が特に強かった。

確かに筆者自身も「めざまし8」での永島アナの感情移入しすぎの読み上げ方を聞いて、「アナウンサーというプロの職業人としていかがなものか」と感じたし、「アナが泣くこと」でそのアナウンサーの自己憐憫のために死者が消費されてしまっているような違和感を持った。

安易な感情移入は死者を冒瀆(ぼうとく)しているようにさえ見えてしまう。書いた本人がもう読み上げることができない文章を死者に成り代わって、局アナなどの他人が読み上げることの空々しさ、薄っぺらさ、傲慢(ごうまん)さ、違和感……。

心を込めて書いた文章であればあるほど、そんなことを他人であるメディア関係者が行ってもいいのかと鋭敏な若者たちが感じるのもわかる気がする。ましてや純粋なプロポーズの言葉が「消費」の対象になってしまうことで誹謗中傷などの標的になりかねないことも若者たちは痛感している。

学生たちの反応では、手紙文を掲載した新聞の報道に対する違和感はあまりなかったが、やはりテレビで「読み上げた」ことに対する違和感は大きい印象だった。

■この違和感はZ世代だけのものなのか

手紙文の報道に対するもう一つの疑問点は、問題の報道が亡くなった男性乗客と恋人の女性との写真や動画などと一緒に報道されていたことである。たとえ女性の顔にボカシを入れているケースでも、報道にあたって女性の側の親族の了承は取ったのかどうかも分からないという指摘もあった。視聴者の側からすればデリケートな話題だと感じるトピックだからこそ、そうした承諾の有無も気になる点だろう。そのあたりをやはり丁寧に説明すべきだったのではないか。

亡くなった男性乗客も22歳、まだ見つからないという恋人の女性も同じくらいの年齢だろう。まさに学生たちと同世代だからこそ、当人の気持ちになって考えると、「これは絶対に報道すべき内容だとは言えない」「手紙は報道すべきではなかったのでは」と考える人が少なくないのだろう。

学生たちの反応を見ていると、必ずしも「Z世代」だけの問題だと言えない面があるのではないかと気づかされる。ある学生からは「世代に関係がないのではないか?」という意見が届いた。

この感覚はZ世代だけなんでしょうか? それが少し意外でした。例えば交通事故でもし私が死亡した際に、直前の恋人とのLINEのやり取りがテレビアナウンサーに読み上げられたりしたら天国で悶えると思います。それが一世一代のプロポーズ(しかも手書きの文字でアツアツカップルな感じ)だと尚更です。そういう感覚です。(FさんからのLINE一部抜粋)

■「伝える意義がある」だけでは若い世代に伝わらない

回答してくれた学生は報道機関にこれから入社しようとしている人も、記者として入社が内定した人も複数いる。そうした人たちでさえ現状に違和感を示している。

実は最近、テレビや新聞の「報道」の現場の人たちに聞いても、従来は当然のように考えていた「報道の理屈」について若い世代から拒否感を示されるケースが多くなっているという。実名報道被害者遺族への取材でこうした反応があるという。もちろんケース・バイ・ケースと言えるが、「どうしてそれを報道する必要があるのですか?」と若い世代から疑問を投げかけられて、職場で議論することは報道の現場にとっては大事なことだと考える。

伝える側も変わらなければならない時代に入ってきている。これまで報道機関は法律的に「正しいか」「問題がないか」「訴えられても大丈夫か」ということばかりを考えてきた。だがそれだけでは、視聴者との間に意識の乖離(かいり)が生まれるばかりだ。視聴者から見て「違和感があるかどうか」という視点をもっと入れていけば、より共感される報道を探していけるはずだ。

SNS全盛の時代になって、これまでは当然と思われてきた「報道の理屈」が通用せず、それが正しいと強弁することがかえって強い反発を浴びるようになっている。「伝える意義がある」というだけでは若い世代を説得できない現実もある。

若い世代ほど、死者についても個々人のプライバシーへの想像力が豊かで敏感だ。死者に対してもリスペクトがある扱いになっているのかどうか。彼らは敏感な感受性で注目している。法律論の観点で「正しい」報道なのかどうかだけでなく、死者に対する敬愛や追慕の念やデリカシーを持った報道になっているのか。その都度考えて議論し合う報道現場に変わっていってほしい。そうなれば今以上に「デリカシー」のある報道に生まれ変わっていくはずだ。

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水島 宏明(みずしま・ひろあき)
上智大学文学部新聞学科教授
1957年生まれ。東大卒。札幌テレビ生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー母さんが死んだ」や准看護婦制度の問題点を問う「天使の矛盾」を制作。ロンドンベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメントディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。「ネットカフェ難民」の名づけ親として貧困問題や環境・原子力ドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。2016年から上智大学文学部新聞学科教授(報道論)。著書に『内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造』(朝日新書)、『想像力欠如社会』(弘文堂)など多数。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RGtimeline


(出典 news.nicovideo.jp)

知床観光沈没事故(しれとこかんこうせんちんぼつじこ)は、2022年(令和4年)4月23日に遊覧船「KAZU I(カズ ワン)」が北海道斜里郡斜里町の知床半島西海岸沖のオホーツク海域で消息を絶ち、船内浸水後に沈没した海難事故である。 4月26日現在、「知床観光遭難事故」「北海道知床遊覧船事故」などとも呼称されている。
115キロバイト (17,415 語) - 2022年5月27日 (金) 15:21



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知床遊覧船 引き上げ費用は“税金負担”報道に「ふざけるな」と批判殺到



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(写真:共同通信

北海道・知床半島沖で遊覧船「KAZU1(カズ・ワン)」が沈没した事故から約2週間。5月6日には船体の引き上げ費用の一部を国が負担する見通しであると、「FNNライムオンライン」が報じた。

記事によると運行会社「知床遊覧船」の桂田精一社長は当初、知人に「(乗客は)24名だから1人最高1億円とか出してもまだ余るような形なので。そちらのほうは問題ないかと思うんですけど」と話し、定員65人分の保険金から船の引き上げ費用を捻出できると考えていたという。しかし保険が適用されるのは事故に遭った24人分のみだと判明したため、一部を国が負担する方針になったというのだ。

さらに、運航会社への費用請求はついては「社長には資産がない。国が負担せざるを得ない」とする関係者のコメントも伝えられている。

これに対して、ネット上では怒りの声が続出している。

《我々の税金が使われますよー。ふざけるな》
《知床の沈没船の引き上げに数十億かかるらしいが、税金でそれをするのはなんとも納得できない》

「運行会社側が費用をまかなえない可能性については、数日前からすでに一部メディアでも指摘されていました。“保険金で引き上げ費用をまかなえる”という桂田社長の考えは、あまりにも甘すぎたと言わざるを得ません。

そもそも今回の事故については、会社側のずさんな管理体制が問題視されてきていました。それが改めて浮き彫りになった形です。

全容解明のためにまずは国が負担することになるとしても、その原資は税金です。桂田社長が負担しないままというのは、国民感情としても納得がいかないでしょう。

今後は費用負担のあり方について検討する必要があるとともに、桂田社長の説明責任も再び問われることになりそうです」(全国紙記者)



(出典 news.nicovideo.jp)

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海保、運航会社社長を事情聴取 業過致死容疑、知床沖沈没事故


海保、運航会社社長を事情聴取 業過致死容疑、知床沖沈没事故
北海道・知床沖で乗客乗員26人が乗った観光船「KAZU 1(カズワン)」が沈没した事故で、第1管区海上保安本部(小樽)が運航会社「知床遊覧船」(斜里町)の桂田精一社長(58)を事情聴取したことが4日、捜査関係者への取材で分かった。1管は桂田社長が安全管理を怠り、事故を引き起こしたとみて、業務上過失致死の疑いで調べている。

 同社の運航基準などでは、「運航管理者」の桂田社長は航行中は原則事務所にいて、船長と連絡を取ると定めていた。しかし当時は私用で事務所を離れ、連絡も取っていなかった。

【日時】2022年05月04日 18:29
【ソース】共同通信

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「KAZUⅠ」の引き揚げに失敗なら…知床遊覧船・桂田精一社長の刑事責任は問えない可能性


「KAZUⅠ」の引き揚げに失敗なら…知床遊覧船・桂田精一社長の刑事責任は問えない可能性
 北海道知床半島の沖合で事故を起こした観光船「KAZUⅠ」が、水深120メートルの海底で見つかった。

 29日午前、海上自衛隊の掃海艇「いずしま」が、水中カメラで発見した。発見場所は、「KAZUⅠ」が「船首が浸水している」と救援要請していた「カシュニの滝」から沖合約1キロの海底。水深120メートルは、太陽光が届かない深さだ。

 23日の事故発生から1週間。海上保安庁は、船体を引き揚げて事故原因を究明することになる。しかし、船の引き揚げには、時間がかかるとみられている。海上保安庁の潜水士が潜れる水深の限度は60メートル。現状がどうなっているのか、人の目による確認は難しそうだ。

 一般的に船舶が沈没した場合、海上保安庁が所有者に引き揚げを命じ、民間のサルベージ船が委託を受けて引き揚げることが多い。引き揚げには多額のカネがかかる。ただし、船主の義務ではないという。

 作業は天候に左右されやすい。作業前には、船体が海底の水圧にどの程度、耐えられるのか確認する必要もあるという。強度が弱いと作業の過程で破損する恐れがあるからだ。「KAZUⅠ」は、建造から約40年も経つ古い船のうえ、過去には事故を起こして修理もしている。引き揚げ作業は、相当慎重に行う必要がありそうだ。

 海上保安庁は、業務上過失致死などの容疑で捜査を続けているが、「KAZUⅠ」の引き揚げが難航すると、捜査が行き詰まる恐れがあるという。運航会社「知床遊覧船」の桂田精一社長(58)の刑事責任を問うためには、事故原因の特定が不可欠だ。そのためには、船体を確認する必要があるという。

■船体を検証できないと事..


【日時】2022年04月30日 14:02
【ソース】日刊ゲンダイ

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